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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1349号 判決

控訴人 青木義照

被控訴人 株式会社ビーシー産業

右代表者代表取締役 平井健策

右訴訟代理人弁護士 山本弘之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

1. 原判決を取り消す。

2. 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3. 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二、被控訴人

主文同旨の判決

第二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正・附加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1. 原判決三枚目裏二行目及び同四行目の各「被告」をいずれも「原告」に、また、同三行目の「原告」を「被告」にそれぞれ訂正する。

2. 原判決四枚目表末行の「第一〇号証」の次に「(第一〇号証は、西村太一が昭和四七年一二月一五日に本件物件中の建物入口附近および同所に掲示されていたビラを撮影した写真である。)」を加える。

3. 原判決四枚目裏八行目の「その余は不知、」の次に「同第一〇号証が原告主張の写真であることは認める、」を加える。

4. 原判決八枚目(物件目録)表二行目の「七七番地」を「七七番」と訂正する。

5. 控訴人は、当審における控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

一、当裁判所も、被控訴人の本訴請求をいずれも認容すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり訂正・附加するほか、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1. 原判決五枚目表八行目の「成立」を「原本の存在および成立」と訂正し、同裏六行目の「甲第四号証」の次に「(確定日付部分の成立については争いがない。)」を加え、同行の「原告本人」を「被告本人」と訂正する。

2. 売買契約において授受される手附は、解約手附と事実上推定されるから、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄し、売主はその倍額を償還して、当該売買契約を解除することができる(民法五五七条一項)。ところで、同条にいう「倍額ヲ償還」するとは、売主が受領した手附と同種・倍額の有価物を相手方である買主に提供しなければならないことを意味するから、売主が手附によって契約を解除するためには、単に解除の意思表示をしただけでは足りず、受領した手附の倍額を現実に提供しなければならないのである。しかるに、控訴人が、被控訴人に対し、昭和四七年一二月一八日到達の電報及び同月一九日付内容証明郵便をもって本件物件売買契約解除の意思表示をするに際し、受領した手附金の倍額を提供したことの主張もなければ、このことを認めるべき証拠もないし、そのほかに右解除の意思表示が有効であることを裏付ける事実について何ら主張・立証がないから、右解除の意思表示によって本件物件の売買契約が失効した旨の控訴人の主張は、しょせん排斥を免れない。

3. また、控訴人は、被控訴人の売買残代金不払を理由とする本件物件売買契約の解除を主張するが、売買契約のような双務契約について、相手方の代金不払という履行遅滞を理由とする契約解除の意思表示が効力を生ずるのは、特段の事情がない限り、自己の相手方に対する反対給付の提供をして相手方を遅滞に陥らせたうえ、相手方に対し相当の期間を定めてその履行を催告し、その期間内に履行がなかった場合に解除権が発生し、これが行使されることによってはじめてその効力が生ずるものというべきところ(民法五三三条、五四一条)、控訴人は、右解除の要件について何ら主張・立証をしないから、控訴人の右主張は、すでにこの点において採用することができない。

4. さらに、控訴人は、本件物件の売買契約において、目的物件がその引渡前に焼滅失した場合には、右売買契約は当然に効力を失う旨の特約(解除条件付売買契約)もしくは当事者のいずれからでも右売買契約を解除することができる旨の特約がなされたことを前提として、本件物件中の建物が焼失したことによる本件物件売買契約の当然失効もしくは解除による失効を主張する。

そこで検討するに、原審における控訴人本人及び被控訴会社代表者の各供述によれば、本件物件売買契約は甲第一号証の売買契約証書によってなされたものであることが認められ、同売買契約証書に「目的物件引渡前に物件焼・滅失した場合買主何等責任なく契約解除する」旨の条項が存在することは当事者間に争いがないところ、右事実に成立に争いのない甲第一号証によると、右売買契約は、司法書士事務所においてあらかじめ注文作成した印刷された定型的な不動産売買契約証書用紙を用いてなされたものであって、前記当事者間に争いのない条項は、同用紙中の印刷された一条項であることが認められる。ところで、特定物の売買契約において、履行前に目的物が債務者の責に帰すべからざる事由によって滅失又は毀損したときは、特約のない限り、その滅失又は毀損は債権者の負担に帰するから(民法五三四条一項)、この原則に従えば、債権者である買主は目的物の滅失、毀損により不測の損害を被ることがありうるとしても、売主の代金請求権は何らの影響も受けないのであるから、このような場合、売主のために特に契約解除権を認める必要性はまったくないのであるが、反対に買主としては、右のような場合に特約により当該売買契約を解除することができるとするならば、この解除権を行使して代金支払債務を免れることができるわけであるから、この点甚だ有利であるということができる。また、他方、その履行前に債務者の責に帰すべき事由によって目的物が滅失又は毀損した場合には、そのような債務者の債務(責任)を免れさせる理由ないし必要性はまったく存しないことはいうまでもない。このような点を参酌して右定型用紙に印刷された前記条項の趣旨とするところを考えてみれば、同条項は、他に特段の事情がない限り、目的物件を引き渡す前に目的物件が売主の責に帰すべからざる事由によって焼滅失した場合にも買主に契約解除権を与えた趣旨であると解するのが合理的である。したがって、本件物件売買契約証書中に前記条項が定められているからといって、これによって直ちに控訴人・被控訴人間に控訴人主張のような特約までが合意されたものと解することはできない。原審及び当審における控訴人本人の供述中には、右条項が約定された際には控訴人主張の前記特約が合意され確認された旨前記主張にそう部分があるけれども、右にみた前記条項の趣旨並びに原審における被控訴会社代表者尋問の結果に照らしてたやすく採用することができないし、他に控訴人主張の前記特約の存在を認めるべき証拠もない。

そうすると、本件物件中の建物の焼失により本件物件の売買契約が当然もしくは解除によって失効した旨の控訴人の前記主張も、その前提である控訴人主張の特約の存在を確認することができないから、すでにこの点において採用することができない。

二、よって、被控訴人の本訴各請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 山本矩夫 平手勇治)

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